2017/7/18

よねまりゅライブ、 無事に終了しました。皆さん どうもありがとうございました。

俺はVoThMを脱退したドラマーなのに、ご厚意を頂き また参加させてもらいました。


今回はVoThM史上初かな? 少なくとも、俺がいた時は無かったんだけれど、前半は鍵盤楽器と融合してのVoThMでした。新鮮だったなぁ~。

そして 後半は 英樹さん、丸山さん、俺の3人、3期VoThMで演奏しました。 3人での演奏を実現させる為に色々な方が尽力して下さりました。

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今回 演奏した曲達、どの曲も色々な想いが。

「Welcome」はVoThMに加入して2回目のリハーサルの時、凄くボスに褒められた事。

「赤い月」は 加入初ライブ後、お客さんから初めて声を掛けられ、間奏の所のドラミングが赤い月って感じだったと言われた事。

「夜は何かに怯え」は 全然 違う曲調に変えた事。レコーディングの時、コーラスが なかなかうまく出来ず(俺には この曲のコーラスが1番難しかった)、時間が掛かった事、ドラムを叩けない時期に よく聴いた事。

「ガンバレる人達」はイントロで術中にはまらないように凄く意識した事。当時のスタッフの事。

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俺は つい長文になるので、少しだけ書きましたが、この他にも沢山の想い出や景色がね。

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そうそう、今回 「赤い月」のドラムイントロ部分を、「マイシリアスタイム」のドラムイントロで叩いたの気づいたかな? 気づいた あなたは かなりのヴォズラーです(笑)

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ステージを降りる時、ボスと丸山さんに思わず抱きつきましたが、2人とも「気持ち悪いなぁ~」だって(>_<)。

まぁ そんな扱いもVoThMだなぁ~(^_^;)と。

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そして、「ドゥービーブラジャーズ」のサポート?も 1曲しましたね! いやぁ~楽しかった!。

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そうそう、今回のライブからイヤモニ(イヤホンモニター)を導入してさ、イヤホンの選定や、現場での機材設定等、色々な方に手助けしてもらい、音に集中出来るモニター環境で演奏出来ました。

最初は違和感があったんだけれど、今では もう これじゃなきゃ嫌だってくらい気に入りました!。

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2月だったかな? 丸山さんがゲスト参加する末吉さんのライブにお邪魔し、末吉さんと お話しした時、末吉さんが 英樹さんの音楽を みんなで継承して行こうと握手をしてきてくれて、凄く嬉しかったんだ。

今回の出演者、スタッフ、全員がそう想ってライブに挑んでいたと思います。

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今回も熱いご声援、熱い拍手、凄く嬉しかったです。どうもありがとう(^_^)

応援やライブの感想等のメール、ありがたく読ませていただきました。どうもありがとう(^_^)

猛暑日が続いてるから、水分補給と塩分補給をし、体調崩さないように気をつけてね!! どうもありがとう(^_^)/

↑前回と同じ衣装じゃん俺…(-_-;) 一張羅かっ!(>_<)


2017/1/10

よねまりゅ新春三人SHOW、無事に終了しました。

いや、初日の1991の間奏でリズムがヨレたし、2日目はWALLでキメをフライングしたりと事故を起こしているので、無事とは言い難いね…。ごめん!

ステージに上がったら「お帰り」「待ってたよ」「けんぢー」の熱い声援、物凄く嬉しかったです!!!。

復帰を目指し、日々コツコツとやって来ていましたが、出演が決まってからは ピッチを上げ、ライブ当日まで とにかくドラム漬けで、やれる事は全てやったつもりなんですが、それでも不安がありました。しかし、その熱い声援が最後の最後に俺の背中を押してくれました。 よし、今から俺が みんなの背中を押す! そんな強い気持ちで1991を叩き始めました。 熱い声援、本当に本当に ありがとう!!! そして、沢山の拍手、嬉しかったです。拍手を貰う事が どれだけ嬉しい事か。沢山の拍手をもらえるように 俺はやっているようなもんなんです。ありがとう。

チケットを買って聴きに来てくれ、それだけではなく、仕事の調整、家庭事情の調整、遠方の方は莫大な交通費と宿泊費、大変だったでしょ?。そして何よりも 人生の中で使える時間の、大切な時間を使ってもらっている。色々な事情をクリアし、大切な時間を使ってくれた事に感謝しています。 なんか、こういう事を書くと少しでも好感度を上げようと必死な感じで嫌なんだけどさぁ(苦笑)、本当に そう思ってるんだ。 どうも ありがとう!!。

1日目に着ていた紫のシャツは英樹さんの形見のシャツだったんだ。 「オメーが なんで俺のシャツ着てるんだよ!」って文句を言ってると思うけれど(笑)、一緒にステージに上がりたくてさ。それと、ヘナチョコドラマーに 力を注入してもらいたくて。

2日目はVoThMにいた頃に着ていたシャツを着て。

リハーサル日も当日も VoThMのグッズを身に付けていてね、VoThMのグッズの入った段ボールを久々に開けて、こんなにグッズあったの?!って びっくりした。Tシャツだけでも10種類以上あった。 全部 洗濯し直して、干してる時に、もう着る訳にはいかないよなぁ…と思って しまっていたVoThMの服を また着れるのかぁと感慨深い物がありました。 そんな訳で、リハーサル、本番当日は この日だけでもと、メンバーづらして(笑)、VoThMのグッズで固めました。
丸山さんは勿論、一緒に演奏して下さった米川さん、仮谷さんに感謝しています。こんなにブランクのあるドラマーを優しく支えて下さいました。 そして松木さんはじめ、共演の皆さん、スタッフの皆さんに感謝しています。

ドラマーだから、特に笠さん、岡本さんには凄く 力を貰ってね。 笠さんは 「けんぢらしくやれば良いんだよ、大丈夫 大丈夫」と。岡本さんはVoThMのステージに上がる直前「けんちゃん凄いパワーがあるドラムだから 思いっきりやって来な!」と俺の体をビシビシ叩いて闘魂注入してくれて力をくれたんだ。 そしてステージに上がったらオーディエンスの皆さんの熱い声援で 更に強力な 力を貰い。 俺は本当に恵まれているなと思いました。

そしてそして、丸山さんに感謝しています。

んー、英樹さんは どう思ってるんだろうなぁ? 「コイツ 図に乗ってやがるよ」って思ってんだろうなぁ(笑)

「あんなドラマーとやってたの?」ってボスに恥をかかせない為にも もっと良いドラムを鳴らせるよう努力します。



ドラマー復帰の1番最初がVoThMになるなんて、想像すらできませんでした。諦めなかったご褒美かな?

皆さん、本当に本当に どうもありがとう(^_^)/

2017/1/3

ご無沙汰しております、けんぢです。 明けましておめでとうございます。

元気ですか? 何から話そうかな?。

話したい事が沢山あるんだけれど、まずは時系列で話そうかな。あの当時は詳細を言えなかったので、そこから。

2008年5月のライブ中に今まで味わった事の無い違和感を感じました。「月の出ないウェンズディ」を演奏している時だった事を覚えています。でも、数日経てば治るだろうと思っていたものの、一週間を過ぎても治らず、「一応病院に行ってみた方が良いかな?」と、病院に行くと、すぐにドクターストップが掛かりました。頸椎(首)に深刻な故障が起こっていると。そして「大変申し上げにくいのですが、今すぐ辞めないと日常生活すら出来なくなります、残念ですがドラムは諦めて下さい」と。まさかの宣告。 どうすればドラム叩ける? なんとかならない? いつかは叩ける? すがるように質問しましたが「また叩ける可能性は1パーセントもありません」と。 ドラムが俺の1番大切な物だから、その残酷な言葉に 泣き崩れました。

今だから話せますが(当時は言えませんでした、ごめんね)、同時に血行障害、末梢神経障害も併発していました。

原因はレントゲンを撮って判明したんだけれど、通常より1本 多く骨が写る特殊な体形。これは骨が多いのではなく(骨の本数は普通)肩と言うか、首より下が通常より下がっている体形なので、首の骨が1本多く写るとの事でした。 その時に例えで言われたのが、「短くなった鉛筆を折るのは少し難しいけれど、新品の鉛筆なら簡単に折れる。つまり 長いとダメージに弱く、君の首は普通より長い鉛筆なんだよ」と。

そして もう一つの原因はフォーム(叩き方)でした。動作を確認したいので、叩く動きをしてみてくれと言われ、ゆっくりやってみた所、通常の人なら全く問題無いが、少し特殊な俺の体型では かなりの衝撃が首に掛かる叩き方だそうで、首の長い人には無理だと。この2つが原因でした。 そんな事でダメになるの? と思い質問すると、運動選手で首の長い人が殆どいない理由は首への衝撃ダメージに耐えられないからなんだよ と。君も それに近いと。 まれにいる首の長い選手は相当な鍛え方をして強固な体を作れた人だと。 なら鍛えれば良いんですか? 「いや、鍛えるなんて この状態では無理です」と。

しかし、体は動くし、それから時間の経過と共に違和感もなくなって来たので、体に負担が掛かりにくいフォームでやれば 出来るのでは?と思い、沢山のドラマーの映像等を研究しまくり、続けていたのですが、1年後の2009年5月のライブ後 急激に悪化し、もう どうにもこうにも体が言うことを聞いてくれなくなってしまい、遂に演奏が出来なくなってしまいました。 痛みもですが、それより痺れて感覚がなくなり、スティックすら握れなくなってしまいました。

どうにもならなくなって英樹さんに電話して伝えました。 会って話そうと言われ、すぐ2人で会って、詳細を話し…。 その時、英樹さんはツアーを中止して、回復を待つからと言ってくれたんだけど、回復の見込みが全く無い事を話し、VoThMを脱退する事になりました。DVDのリリース直前、ツアー寸前の最悪のタイミングでした。

ツアーを楽しみにしている皆さんが待っているから、代役を立てて ツアーを実現させてもらいたいと 無理なお願いすると、それまで深刻な顔をしていたのに、「じゃあさぁ、ねぇ、ねぇ、けんちゃん、俺はさぁ、だったら女の子のドラマーが良いんだけどさぁ、誰かいない? なぁ?」と笑いながら。 俺の心情を察して、精一杯の気を使って そう言って あえて笑って言ってくれた英樹さん。 「いやぁ、俺の知り合いでは いないっス」と言うと、更に笑いながら、いつもの大きな声に戻って「オメェーなぁ~、なんだよそれ!(笑)、じゃあ どうすりゃ良いんだよっ! このバカタレがぁ〜(笑)、なぁ、一人くらい いるだろぉ~よ(笑) なぁ? 何でいないの? ゲイだからぁ?」と 大笑いしながら言う英樹さん(ちなみに俺はゲイではありません)。 俺が思い詰めないよう、あえて そういう風に言ってくれてるのが、申し訳なく、でも その優しさが嬉しくもあり 辛くもあり。甚大な迷惑を掛けてるのにさ、英樹さんは いつも自分より 仲間の事を気にする、そんな器の大きな人でした。どうでも良い些細な事には あーだこーだ言うけれどさ(笑)、肝心な時は誰よりも頼りになる器の大きさがある大きな人で。って、俺なんぞが言わなくても みんな知ってるよね?

そうそう、この話しも。 俺がVoThMにいた時の話しなんだけどさ、やっぱ年齢的に仕方の無い部分も若干あるんだけれど、それでも、技術、実績、音楽的にも 俺は英樹さん、丸山さんより劣ってるから 新曲のアレンジとかをしている時、ドラムパターンとか なかなか曲にハマる物が出て来なかった時、きっと「こう叩けよ」。と思ったと思うんだ。「けんちゃん、ここは こう叩いて」って言えば すぐ済むでしょ?。でも そう言う事を言った事が1度も無い。それはボスだけではなく丸山さんにも言われなかった。 言えば簡単に解決するんだけれど、それじゃあ受け売りで成長しない、もう少しヒントを与えれば なんか良いアイデアが出て来るんじゃない?と思っていたと思うんだ。 「ドラムは こうしろ」と絶対言わず、「何かないのかよぉ?」と「ベースはこうで、丸ちゃんは こうだから、じゃあ ドラムは どうなのよ?」とヒントを出しながら、俺に考えさせ、良いアイデアを俺から引き出せるよう待ってくれた。 「あ、これは どうですか?」と ひらめくと「それ良いじゃん! 最初から それをやれやぁ~(笑)」と。

それは何の仕事でも同じだけと、こうしろ ああしろと言えば、すぐ出来るじゃん? でも、それでは成長が無いから、自分で考え、出来るように導いてくれたと言うかさ。 でもさ、待ってるのってイライラするじゃん? それなのに、バンドの成長、ドラマーの成長の為に そうしてくれて。 その気持ちが伝わるから、あらゆる音楽を研究し、少しでも追いつき、VoThMの音楽が良くなるように、そして この3人でしか出来ない誰も聴いた事の無い、新しい音楽を作る為に必死で頑張った。それは俺なんぞより遥かに実績のある 英樹さんも丸山さんも そうだった。 あるドラムパターンを提案した時(確か 涙あふれ だったと思う)「んー、良いんだけど、普通じゃん? なんか普通じゃ無い新しいのなぁい?」って。そうやって新しい物を作るのに一生懸命やっていました。

それとね、ドラムのオカズ(フィルイン、フレーズ)にも1度も 何も言われた事が無かったんだ。 俺はオカズには拘りが無く、その場で思いついたと言うか、勝手に手足が動いたって言う感じでなんだけど、そんな感じで 毎回アドリブでやってました。 それにも何も言わないんだけど、リズムには凄くうるさくてさ。ドラムの一番大切な所はオカズなんかより、リズム。英樹さんも丸山さんも オカズなんかより、ノリが良ければ、全てOKってスタンスでさ。 どうにも うまく行かない時には 英樹さんは「あーだ こーだしないで、今までの全部無しで 1回シンプルに やってみようぜ」って言って、それから見える物があって打開出来た物もあった。 ドラムは良いリズム、良いノリが全て。だからリズムのノリには凄くシビアだったんだ。凄く鍛えられました。

時系列の話しを進めると、この後、2010年12月にVoThMが活動休止になる事になり、歴代ドラマーが参加するライブをする事になりました。 初代の田中さんは参加出来なかったんだけど、現メンバーのGENちゃんに、2代目の熊丸さん、3代目の俺の3人が参加。 その時は ちょうど随分 身体が良くなり、本格復帰には まだ程遠い物の、少しは出来るようになっていました。 そんな時に、英樹さんから電話があり、これこれこう言う訳でこうなったから、けんぢ叩けるなら叩いてよと。 また一緒に演奏が出来る喜び、少し叩けるようになったから 叩ける喜びより、VoThMの活動が止まってしまうのが とても残念でした。VoThMの存続と、更に躍進して欲しいと迷惑を掛けたくせに身勝手ながら思っていて。 故障してしまった事で 応援して下さっていた方々の期待を裏切った俺は、どのツラさげてステージに上がれば良いんだ?と。 だから俺は出るべきではないと思ったんですが、英樹さんは 身体的に叩けないなら、打ち込み(機械のドラム)をお前が作って それを鳴らして俺らは演奏するから、お前がドラムセットに座ってるだけでも良いからさと。丸山さんも 叩けるなら やってよ、うまく出来なくても良いからと言ってくれて。 俺なんぞに そこまで…。それで、ライブに参加したい、と言うか 行かない訳には行かないと火が点きました。 バンドメンバーってホント良いなぁって凄く思いました。ありがたかったです。 でも、身体はマシになったものの、現実的には 曲を連続して叩く事が不可能なので、それを配慮してもらい、1曲ずつ、時間をおいて分けて 2曲だけ演奏しましたが、ステージに上がったら 予想外の声援が! びっくりしました。英樹さんは「お前 いつの間に新派を増やしたんだよ?!」「皆さん 鉄道仲間なんですか?」とボケてくれて(笑)。皆さんの声援が凄く嬉しかったです。まさか それが3人での最後の演奏になるとは…。

それから時間が経って、末吉さんがVoThMに加入し再開すると聞いて、凄くホッとしました。 あれだけのテクニシャンの末吉さんならVoThMの復活、未来は明るい!と。 VoThMが続く事が本当に嬉しかったし、ドラムが凄いのは勿論、行動力が半端じゃない末吉さんが加入なら鬼に金棒だと思いました。 だから、そうして アルバム「ZenSing」が産まれ。

なのにさ…。なんでこうなる? ボス、どうしたんだよ!と。 英樹さんが倒れた? あんなに強い人が? いや、ホントは弱いかも知れないんだけれど、いつも強がって自分より人の事を気にしていた人が、なんでそうなるの? 深刻な容体でしたが、ボスは必ず帰って来ると強く信じ、祈っていました。 なのにさ…、ボスは旅行に行ってしまったんだよなぁ。 ちゃんと切符を買えたのかなぁ? よく鉄道の疑問があると「けんちゃん これは何よ?」って言ってたのに、何も聞かず。 鉄道じゃなくて飛行機で行ったのかな? 俺は 凄く世話になったし、凄く迷惑をかけた。そしてヘタクソ ドラマーを成長させてくれた。 いつか、叩けるようにして、「あぁ、アイツなぁ、昔 VoThMでやってたんだよね、サポートメンバーだけど(笑)。えっ?メンバーぁ?! あんなヘタクソはサポートメンバーだろぉよ(笑)。でもさぁ、なのに今何なんだよ、ちょっと うまくなったからって アイツこんなんだろ?(天狗のポーズ)、ねぇ、腹立つよなぁぁぁ~」って言って悪口を言ってもらえるのが恩返しだと思って、叩けるようにしないと!と思って頑張っていたのに。

叩けなくなってからも、だいたい 月に1回くらいかな? 「ケンちゃん 身体はどうよ?」って電話をくれて。 ボスが旅行に行って、暫く経ってから、留守電に伝言したいけど、出来ないと苦情を受け、確認したらケータイ電話の留守電が満杯になってて、録音が出来ない事に気付きました。 消す前に聞いてからと思って聞いたら、「もしもし~、英樹です、けんちゃん元気ですか~?」って録音が残っていました。 その留守電のボスの声を聞いて、俺の事を心配したままボスは旅行に行ってしまった、英樹さん ごめんと 涙が溢れ出て止まらなかった。

みんなVoThMの「ZenSing」って持ってるかな? あのアルバムにはDVDが入っているんだけれど、3期VoThMで最初に作った「SNOW」の夏バージョン「STAR」のPVが最後に入っててね、その映像の英樹さんの表情が凄く満足げで、楽しく、優しく、良い表情なんだよね。もう この表情に逢えないのが辛かったけれど、こんな表情をするなんて、よっぽど楽しかったんだろうなって思ってさ。照れ隠しの はにかんだ感じの、隠せないニヤニヤ、それは俺より 皆さんの方がよく分かりますよね? そんなボスの表情を見て、年に1度だけでも逢えたらな、叶うならなって。

ボスが旅行に行ってから、少し経った時、元々約束をしていたんだけど、丸山さんと野球観戦に行ってね。どうにもならない気持ち。ボスを旅行に連れて行った病気が憎く、神様を恨んだ。俺はもう 叩けないから、ボスではなく、俺が旅行に行けば良かったのにと心底思ってて。 そんな気持ちでいる中、神宮球場に行ったんだけど、球場で丸山さんに会って、なんて言うか、ボスの話しは 丸山さんに会った最初だけ少しして あとは殆どしなくて、いつも通り。何ていうか、ロックンロールの強がりと言うかさ。 試合前に国歌斉唱があったんだけど、それが終わった時に丸山さんが冗談半分なふりをして「英樹ぃ~!」って言ってさ。その気持ちが同じだった事にバンドって良いな、俺は本当に良いバンドでドラム叩いてたなって。バンドらしいバンド、そんな素敵なバンドの いっちょかみ程度だったけどドラマーでいれて本当に幸せだなって思った。

俺は弱虫だから当時は どうしても耐えられなくて、書けなかったけれど、やっと少し英樹さんの事を書けるようになったよ。

話は戻り、幸いにも身体の状態は回復し、2010年には少しだけ叩く事が出来たので、長時間 連続で演奏出来るようにすれば良いだけだから、あと少しだ!と思ったものの、そこからが更に苦難の連続でした。なかなか状態が上がらなくてね。 この少し特殊な首の長い体型では、また故障するので、1番やらなくてはならない事は 故障しない身体作りで、地道なウエイトトレーニングの繰り返し。段階を進むごとに 少しずつ少しずつ慎重にメニューを増やして行って。1番キツイのは食事。成果を上げるには、トレーニング後の20分以内に食事を摂る事なんだけれど、かなり食の細い俺は沢山食べれないので、なるべく効果のある食べ物を食べるようにしてたんだけど、それでも無理矢理食べるのが苦痛で苦痛で。そんな毎日でした。 ちなみに、成果は出たけれど、筋肉ムキムキ男にはなった訳ではなく、外見からの見た目的には さほど変わっていないと思います。俺がムキムキマッチョになってたら気持ち悪いでしょ? 俺も嫌だし(笑)

ドラムの練習はグリップ(スティックの握り方)から、ホント1から再構築。自分の理想の音が出せ、それで思いっきりやっても大丈夫なフォーム(叩き方)を模索しながら、全体のフォーム、ストロークのフォームを作って行きました。やっと それが形になったのが2015年の後半でした。

2016年1月、練習スタジオで楽器を持ち寄って複数で練習しているんだけれど、ドラマーがいないから叩きに来ない?と誘われ、行ってみました。アンサンブルなんて何年振りだろう? しかし久々のアンサンブルはリズムはヨレヨレ、抑揚も無い酷いドラミング。 そんなクソな演奏なのに、1曲叩き終わったら 盛大な拍手をもらいました。たった4人の拍手。でも 惰性ではない全力の熱い拍手。もの凄く嬉しかったです。そして拍手を貰う事が こんなに嬉しい事だったんだなと、忘れていた その喜びを思い出しました。 それがあって、また拍手を浴びたい!と、ウエイト、ドラム練習のモチベーションがぐんと上がりました。そして夏頃には具体的に復帰を検討する所まで来ました。 俺はやっぱりバンドでやりたい。よし、バンドをやろう!と。 もう身体はもう大丈夫だし、故障しない体も作れたものの、もう故障しないと言う保証は無い。だから万一 またなっても後悔しないよう 今1番やりたい音楽をやろうと。それは 自分の原点でもある、早いエイトビートのロック。体力勝負の熱いロックバンドをしたいと思い、どんなメンバーが良いかな? あぁ、あの人が良いなぁ、でも一緒にやってくれるだろうか?。それか、ドラマーが欠員の そういうバンドは無いかな?と 考え始めていました。まだバンドが決まってもいないのに、動員なんて全く見込めないから小さなライブハウスを今のうちから探しておこうと思って探したり。

そんな矢先、8月に丸山さん&笠さんのライブの手伝いに行った時、当日 会場に着くと 突然 丸山さんが曲順表を出して「けんぢ今日 この曲叩いてね」と。笠さんにスティックを借りて 一生懸命に演奏しました。コイツ誰?って思っているだろうに、なのに 温かい拍手をもらいました。

無茶振りに思う人もいるかもしれないので、書きますが、昔は先輩が「お前 演奏しろ」と突然ステージに上げたりなんて事はよくあったんです。そうやって場慣れし、そこで うまく演奏出来ず 恥をかいて成長して行ったんです。いつからか そういう事がなくなる時代になったのは、そういうのを嫌がり、断る人が増えたからなのかなぁ?。 俺は 大事なステージに俺をあげてくれた丸山さん、笠さんの心意気が凄く嬉しかった。今の時代に そんな事をしてくれる人なんていないだろうから余計に嬉しかった。

それから、12月にVoThMのベスト盤が出ると聞き、来年1月にライブもあると。へぇ~そうなんだ と聞いていたのですが、なんと「出来るなら やらない?」と 声を掛けてもらい、私も参加させてもらう事になりました。 現メンバーである末吉さんには大変申し訳ないのですが、2日間、VoThMの曲を叩きます。

その後、VoThMのベスト盤が完成し、受け取りました。 CDの重さなんて どれも同じなはずなのに、俺には凄く重く感じ、とても感慨深いものがありました。過去の作品を再び世に出す為に尽力して下さった方々に感謝しています。 そしてCDを聴いて、VoThMの歴史の重みを感じ、そして ほんの僅かですが その歴史の中に加われた事を誇りに思いました。

言葉で能書きをタレるのではなく、演奏でと思っていましたが、もし ここを見て下さっている人がいるのなら、ちゃんと説明をしないといけないと思い、少しづつ書いていたのですが、年が明けてしまいました。

クソ長くて疲れたでしょ? 読んでくれて ありがとう。 バンドが決まったりとか、また何かあったら書くから、たまには見てみてね。 随分と長い年月が掛かってしまいましたが、ついに本格的に復帰出来る事になりました。

さぁ いよいよ、今週ライブです。 もの凄いプレッシャーです。重圧に潰されそうだよ。でもさ、叩けなければ この重圧すら味わえない訳でさ。諦めないで良かった。

いつまでたっても叩けず、無駄な努力の繰り返しに嫌気がさし、大好きなドラムを何度も もう諦めようと思った。その度に みなさんが俺のホームページに書いてくれたメッセージや、メール、ファンレターを読み返す事で、いや 明日も続けようと思えました。綺麗事でも、媚びを売っているのでもなく、本当に。 賞を貰った歌手の人が「みなさんの おかげです」と言っているのを よく見ましたが、俺は それは自分が頑張った結果なんじゃない?と 思っていました。でも それが違う事を身をもって分かりました。みなさんの気持ちが無かったら俺は諦めていました。

それとね、叩けなくなっても丸山さんは聴きにおいでよとライブに誘ってくれ、こもっていた俺を外に出してくれました。俺は一人っ子なんだけれど、丸山さんは兄貴みたいな存在でさ。 VoThMを辞めざるをえなくなって最初に連絡をくれたのは笠さんでした。「けんぢ 幾つになった? えぇ~そんな歳ぃ?!。初めて会ったのって けんぢが22、3歳の頃だよね?! そんな歳になったのお~?! でもさ、だったら叩けるのが10年後だったとしても、まだ今の英樹さんより年下じゃん! だから焦らなくて良いんだよ、大丈夫 大丈夫、ゆっくり少しずつやれば良いんだからさっ」って言ってくれて。 そして、丸山さん、笠さんだけではなく、私を知ってくれているプレイヤーや、スタッフなど音楽関係の方々、VoThM以前の昔からのバンドメンバー達、友人等、その他にも挙げればきりがない程の人達が こんな弱虫を励ましてくれ、そんな事したって何のメリットも無いのに 凄くよくしてくれ、そして諦めない 力をもらいました。 ありがたいです。

もっと色々と聞いて欲しい事があるんだけれど、ライブに向けて最後の追い込み中で時間が足らないので、また今度。

そうそう、俺の80オーバーの両親と、叔母さん、従姉妹たちが来てくれるそうです。俺の生演奏を聴いた事が無いから行くと。 すみませんが、会場でジジ ババを見かけたら優しく見守ってやって下さいm(__)m

こう叩いたらカッコイイんじゃない? うまく行くんじゃ無い?とか そんな考えはありません。そんなのどうでも良いです。いまだにヘタクソだけれど、シンプルに ありったけの気持ちを込めて、あたりまえの事なんだけれど、とにかく一生懸命演奏します。
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1/6.7、熱いご声援を よろしくお願いします!!!

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